多発性硬化症/視神経脊髄炎スペクトラム障害

Multiple sclerosis / neuromyelitis optica
2024年08月27日公開日時:2025年06月09日最終更新日付:
多発性硬化症/視神経脊髄炎スペクトラム障害

多発性硬化症(multiple sclerosis: MS)とは

MSという病気は、中枢神経(大脳、小脳、脳幹、脊髄、そして視神経)のどこかに、自己免疫機序によると思われる脱髄病変が、空間的、時間的に多発し、脱髄病変のできる場所、経過によって、さまざまな組み合わせの症状、臨床経過を呈しうる、若年女性に多く発症し、高緯度地域に多くみられる慢性の神経疾患です。

自己免疫機序によると思われる脱髄

中枢神経の中を細かく見ると、神経細胞と軸索、髄鞘があります。電気のコードに例えると軸索が電線で髄鞘はそれを覆っている絶縁用のビニールです。MSの病変では髄鞘がはがれて軸索が剥き出しになっています。これを「脱髄」と言います。おそらく自分の体の一部である髄鞘を外敵と勘違いしてリンパ球などが攻撃する自己免疫現象と考えられます。

【図1】
空間的多発、時間的多発

「空間的、時間的多発」はMSのもっとも重要な特徴です。病変が多発していることを「空間的多発」といいます。そして、時間の経過とともに増えて行きます。これを「時間的多発」といいます。

空間的多発---多発性硬化症の症状
図2は健常人とMS患者さんの頭部MRIです。
患者さんでは複数の脱髄斑が白く斑状に写っています。症状は、脱髄の起こる場所によって決まります(図3)。複数の病変が出現する可能性がありますから、症状の組み合わせも様々です。ただ、病変があれば必ず症状がでるわけではありません。
【図2】

多発性硬化症の臨床症状

大脳:情動障害、健忘、記銘力低下、理解力低下、片麻痺など
脳幹 中脳:片麻痺、複視など
 :顔面神経麻痺、顔面感覚障害、三叉神経痛、片麻痺など
延髄:構音障害、嚥下障害、呼吸障害、吃逆など

視神経:視力低下、視野障害など
小脳:構音障害、運動失調、企図振戦など
脊髄:対麻痺、レベルを有する感覚障害、膀胱直腸障害など

【図3】
時間的多発---多発性硬化症の経過

最初に症状が顕れて気づいた時期から、その後、症状が出たり、改善したりを繰り返す時期があり、その時期を再発寛解型MSと呼びます。時間が経過すると一部の患者さんの症状/障害は慢性的に進行し、二次進行型MSと呼ばれます。最初から慢性進行性に経過する方もいて一次進行型MSと呼びますが、とても少ない病型です。
MRIなどの検査では確認できても症状には顕れない病変(無症候性病変)や、検査ではわからない病変が増えていくことが多いです。脳が年間0.5%平均で萎縮していくとも言われています(図4)。ただ、健常人でも年間0.3%くらいは萎縮します。萎縮しない患者さんもいます。それから、図4の経過は有効な治療法や今後の治療の進歩をあえて無視した経過図です。「自分は悪くなるんだ」「脳が萎縮していくんだ」などと、悲観的になるための図ではありません。継続的な治療が大切であることを理解していただくための経過図です。

【図4】
多発性硬化症の理解・・・もう少し

発生機序

MSの原因はわかっていません。病気のなり易さとしての「遺伝的要因」と生活していくなかで経験する「環境因子」との両方が関わり合って発症すると考えられます。遺伝する病気ではありません。環境因子としては特に生活習慣の欧米化や喫煙習慣が問題とされています。喫煙による発症リスク、進行悪化はあきらかなので患者さんの禁煙はとても重要です。ビタミンDとMSの発症/悪化の関連も盛んに研究されています。ビタミンDは日光に浴びなければ体内で活性化されません。MSが緯度の高い地域に多い理由は、それらの地域での日照時間の短さが関係しているのではないかとの説があります。

診断

MSを診断するためには、「空間的多発」「時間的多発」を証明する必要があります。特にMRIによる証明が重要視されていますが、医師による病歴聴取、診察、経過観察がやはり基本です。そして、もっとも大切で、しかも難しいのが「他疾患の除外」です。空間的、時間的に多発する病気はMS以外にも沢山あります。いろいろな検査も駆使して他の病気を除外します。MSを疑われた患者さんに沢山の検査が行われるのはそのためです。

倦怠感/易疲労性、ウートフ徴候

MSの症状として倦怠感/易疲労性やウートフ徴候は有名です。MS以外の方でも動きすぎれば疲れます。薬の副作用で怠かったり疲れ易い可能性もあります。うつ状態などでも起こります。この様な原因がないのに、MS患者さんは「電池がきれたみたい」に倦怠感/易疲労性を訴えることがあります。特効薬はなく、対応は休息が原則になります。気温の上昇や運動によって体温が上昇すると症状が出現したり悪化する現象がウートフ徴候です。すべての患者さんが経験するわけではありません。ウートフ現象のある方は入浴や運動などの際に注意が必要です。

定期受診、定期検査の重要性

MRIなどの検査では確認できても症状には顕れない病変(無症候性病変)や、検査でも見つけられない病変が時間とともに増えていくのがMSの特徴です。自覚的に変わりがなくても定期的に受診してMRI検査も受けなければ病気の状態はわかりません。「変わったことがあったら受診してください」、それは間違いです。

多発性硬化症の薬物療法

MSの治療は、「急性期(再発期)治療」「再発・進行予防」「リハビリテーション」「対症療法」が4本柱です。4本柱のそれぞれは、その時々によって、また、患者さんによって重要度は異なります。その時点の患者さんの状況に合わせて適切に4本柱を組み立てて治療します。

MSの急性期(再発期)治療

まず、ステロイドパルス治療が標準です。比較的大量のステロイド剤を短期間点滴します。効果が不十分な場合は数回繰り返すこともあります。パルス治療の効果次第では血液浄化療法を追加することがあります。

MSの再発・進行予防治療

急性期の治療だけでは「将来を考えた治療」としては不十分です。再発、進行予防のための治療がとても大切です。どの薬を使うかは、有効性/副作用/投与方法などの薬自体の特徴、病型や病気の活動性などに加えて価値観/性格/生活スタイルなど患者さん個人の特徴、それらをしっかり検討して個別に決めていきます。

疾患修飾薬

日本では2024年6月の時点で8種類の薬がMSの再発あるいは進行を抑える薬剤として保険適用です。それらは疾患修飾薬(disease modifying drugs; DMD)と呼ばれます。それぞれの薬の使用方法、代表的な副作用は図に示します5。代表的な副作用の「代表的」は、「頻度が高い」、「希だけれど起こったら重篤」など、同じ意味合いではありません。余計な不安を感じないためにも必ず主治医の先生のお話を聞いてください。それから、もっとも大切なのは「できるだけ早い時期に開始する」ことです。MSでは早期診断早期治療がとても重要なのです。ただし、メーゼントは二次進行型にのみ保険適用です。

DMDs 維持投与方法 特に注意すべき代表的な副作用
ベタフェロン 隔日

皮下注射

注射部位反応、インフルエンザ様症状
倦怠感、気分変調、肝機能障害
アボネックス 1回/1週
筋肉注射
インフルエンザ様症状
倦怠感、気分変調、肝機能障害
ジレニア/イムセラ 毎日
内服
導入時の徐脈、肝機能障害、リンパ球減少、
黄斑浮腫、進行性多巣性白質脳症(PML)
タイサブリ 1回/4週
点滴
注射部位反応、インフルエンザ様症状
倦怠感、気分変調、肝機能障害
コパキソン 毎日
皮下注射
注射部位反応、注射後全身反応、過敏性反応
テクフィデラ 毎日
内服
潮紅、消化管症状、リンパ球減少
進行性多巣性白質脳症(PML)
メーゼント 毎日
内服
導入時の徐脈、肝機能障害、リンパ球減少、黄斑浮腫
ケシンプタ 1回/4週
皮下注射
感染症(B型肝炎再活性化に注意)
注射部位反応、注射後全身反応

投与量や投与間隔は患者さんの状態によって微妙に調整することがあります 
【図5】

視神経脊髄炎スペクトラム障害

(neuromyelitis optica spectrum disorder: NMOSD)

中枢神経ある程度決まった場所(特に視神経と脊髄)に、高度な炎症と強い組織障害を呈する慢性再発性の自己免疫疾患で、抗アクアポリン4(抗AQP4)抗体が関与すると考えらます女性に圧倒的に多く、各年齢層で発症します。病変の場所は視神経脊髄に特に多いですが、延髄背側視床下部にも比較的多くみられます6)。 

【図6】
視神経脊髄炎スペクトラム障害の症状

高度の視神経炎、脊髄炎が高頻度で重要な症状ですが、有痛性の筋痙攣、難治性の吃逆/嘔吐、記憶障害なども特徴的な症状です。

視神経脊髄炎スペクトラム障害の経過

NMOSDは、徐々に進行することは希です。MSでの障害は進行悪化によることが普通ですが、再発が十分に回復出来ずに障害が残る場合が一般的です。

視神経脊髄炎スペクトラム障害の診断

他の病気でないことが確認できた上で抗AQP4抗体陽性が確認できれば確定診断になります。抗体が陰性でも種々の理由でNMOSDを否定できない場合があり、MRI所見などを参考に慎重に診断します。

視神経脊髄炎スペクトラム障害の理解・・・もう少し詳しく

視神経の症状

視力低下、視野障害(視野の一部が欠ける)、霧視(目のかすみ)、眼や眼の奥の痛みなどがみられます。多発性硬化症での視力低下は片側のみが普通ですが、NMOSDでは両側同時の視力低下も希ではありません。視野障害としては、片眼で見た際に視野の中心が欠ける中心暗点をきたすことが多いですが、水平半盲、垂直半盲、全視野欠損などさまざまです。痛みは眼を動かすと眼の奥が痛むことが多いです。多発性硬化症での視神経の症状に比べて一般的に重症な場合が多く、急性期には失明に至ることがあります。

脊髄の症状

運動障害、感覚障害、自律神経障害がみられます。運動障害は両下肢や四肢の筋力低下がみられます。手足が固く突っ張ってしまう場合もあります(痙縮)。感覚障害は様々で、触覚温痛覚の鈍麻(痛みや触られている感覚、温度に対する感覚の鈍麻)、しびれなどがあります。自律神経障害としては便秘、頻尿、尿閉などの排便、排尿障害、発汗障害などがみられます。一般に、多発性硬化症での脊髄の症状に比べて重症です。回復期になっても有痛性筋けいれん(手足が突っ張って痛む)や難治性の疼痛などを遺すことがあります。

脳の症状

抗アクアポリン4抗体が攻撃するアクアポリン4は、視神経と脊髄の他に最後野(延髄の背側)や視床下部などにも多く分布しています。そのため、最後野病変では難治性の吃逆(しゃっくり)・嘔吐、視床下部病変では尿崩症(多尿、多飲、口渇)、抗利尿ホルモン分泌不適合症候群(低ナトリウム血症による脱水、意識障害、痙攣など)、ナルコレプシー(日中の過眠、眠気、突然の一時的な筋力低下など)などの特徴的症状がみられます。いずれも、脳の病気とは気づかれずに神経内科以外の専門科を転々とする場合もあるので注意が必要です。

視神経脊髄炎スペクトラム障害の発見

MSと診断され、視神経と脊髄だけの症状を繰り返す患者さんの血液の中から抗アクアポリン4抗体(抗AQP4抗体)という自己抗体が発見されました。2004年のことです。そして、その患者さん達は、実は、視神経脊髄炎(neuromyelitis optica: NMO)というMSとは別の病気であることがわかりました。さらに、抗AQP4抗体が陽性になる患者さんを広く調べてみると、視神経と脊髄以外の脳に病変があって特徴的な症状を出す患者さんがいることがわかりました。今では、まとめて視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMO spectrum disorder; NMOSD)と呼んでいます。

現時点では「未知の病気」の可能性も

抗体陰性の患者さんの中から、最近、抗MOG抗体関連疾患(MOGAD)と呼ばれる別の疾患がみつかりました。MSやNMOSDの診断には「他の疾患」の除外が大切ですが「他の疾患」の中には「現時点では未知の病気」も含まれるわけです。一度診断されても、継続した注意が必要になります(図7)。

【図7】

視神経脊髄炎スペクトラム障害の治療

「急性期(再発期)治療」「再発・進行予防」「リハビリテーション」「対症療法」が4本柱です。4本柱のそれぞれは、その時々によって、また、患者さんによって重要度は異なります。その時点の患者さんの状況に合わせて適切に4本柱を組み立てて治療します。

NMOSDの急性期(再発期)治療

基本的に、比較的大量のステロイド剤を短期間点滴するステロイドパルス治療を行います。NMOSDではできるだけ早期の血液浄化療法が勧められ、開始の遅れが障害予後に大きく影響します。視神経炎の急性期には、最近、免疫グロブリン製剤の大量療法が保険適用になりました。

NMOSDの再発予防治療

かなり以前から使用されているステロイド剤、免疫抑制剤と2019年以降に保険適用になった比較的新しい5つの生物製剤が再発予防のために使われています8。生物製剤の高い有効性とステロイド剤の長期使用による副作用の懸念などから、最近は生物製剤を勧める先生が増えています。ただ、生物製剤は使用経験が少ないので、特に長期の使用にはまだまだ注意が必要です。ステロイド剤や免疫抑制剤は歴史が長くて注意事項も熟知されています。患者さんの「思い」ももちろん大切です。新しいから良いのではなく、主治医としっかり相談して自分に合った薬剤を選択しましょう。

予防薬 維持投与方法 特に注意すべき代表的な副作用
ステロイド剤 毎日
内服
骨粗鬆症、糖尿病、脂質代謝異常、白内障/緑内障など
免疫抑制剤  いろいろ 感染症、その他、薬剤によってさまざま
ソリリス 1回/2週
点滴
髄膜炎菌感染症、注射時反応
エンスプリング 1回/4週
皮下注射
アナフィラキシー、感染症、白血球減少
ユプリズナ 1回/半年
点滴
注射部位反応、各種感染症、PML?
リツキサン 2回/半年
点滴
注射部位反応、各種感染症、PML?
ユルトミリス 1回/8週
点滴
髄膜炎菌感染症、注射時反応

投与量や投与間隔は患者さんの状態によって微妙に調整することがあります 
【図8】

治療は何のために?

病気をコントロールすることは治療の大切な目標です。でも、それは本当の目的ではありません。病気によって損なわれた「自分らしい生活」を取り戻こと、「生活の質」を維持/向上させること、それが治療の目的です。病気による負担を少しでも軽減し、その人が、その人らしい良い時間をたくさん作ることを支援するのが医療者の使命です。薬などを用いた治療、リハビリテーションなどはそのための手段です。病気になったからといって最初から諦めることなど何もありません。普通に夢、希望、あこがれを持って生きてください。私たち医療者は精一杯にサポートします。

深澤 俊行

【監修】深澤 俊行

理事長 / 医学博士

  • 日本神経学会神経内科専門医・指導医
  • 日本頭痛学会専門医・指導医
  • 日本内科学会認定総合内科専門医
  • 日本リハビリテーション医学会認定臨床医
  • 日本神経治療学会功労会員、日本多発性硬化症協会医療顧問、北海道大学非常勤講師
先生のご紹介
ページを見る

多発性硬化症のリハビリテーション

多彩な症状に応じたリハビリテーション

MSでは脱髄部位によって多彩な症状を認めるため、症状に応じた機能検査やリハビリ等を実施します。運動麻痺や痙縮(筋肉の強張り)により可動域制限が生じる場合には、ストレッチを実施します。また、筋力低下も認めやすいため、オーバーワークに注意して筋トレを実施することも多いです。小脳や脳幹部が障害されると、運動失調(震え、ふらつき)が生じるため、筋肉を上手く使えるよう、運動をコントロールする訓練を実施します。MS特有の症状に疲れやすさも含まれるため、持久力を向上出来るよう疲労感を確認しながら適切な負荷での訓練も実施していきます。場合によっては麻痺が強く、転倒しやすくなった際には下肢装具を作成し、動作を安定して行えるように調整する場合もあります。

構音障害(呂律が回らない)、嚥下障害(むせる、飲み込みにくい)などの症状を認めることがあり、発声発語訓練、嚥下訓練食事環境調整、食事形態の検討などを行います。

リハビリは環境に気を配りながら

全般に高温環境や過度な疲れが症状の悪化や再燃にも繋がるため、十分環境を整えてからのリハビリを行うよう努めております環境整備や生活指導等も含めて対応し、生活の質が向上出来るよう対応していきます。

視神経脊髄炎スペクトラム障害のリハビリテーション

MSと同様に症状に応じてリハビリを行いますが、NMOSDは視力障害も加わってきます。その場合には視覚以外でも代償できるように日常生活を想定して練習を行っていきます。また疼痛等に配慮し、その方の希望に添いながら安全かつ過負荷にならないよう対応していきます。  

多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害の看護

入院

急性期治療のため入院になる場合、ご家族や仕事のことを心配される患者さんが多くいます。必要な検査や治療がスムーズに行えるよう配慮しながら、急性期のケアを行います。診断の場面においては、聞いたことのない病名を告げられ、将来を不安に思う患者さんも少なくありません。主治医の説明が理解できているか、どう受け止めたのか、患者さんの思いに寄り添うよう心がけています。
また寛解期においては、リハビリや休息のために入院される方がいらっしゃいます。両疾患に特徴的な「疲労」「ウートフ」など周りにわかりにくい症状があることを念頭に、個別性を重視したケアを提供できるよう、多職種で連携しています。

外来

急性期の治療を終えた患者さんが自宅に戻られ、生活のペースができるまでには時間がかかります。自宅での様子を伺いながら、焦らずひとつひとつ解決できるようかかわっています。
また複数の選択肢がある再発予防治療においては、主治医と患者さんで話し合う過程を見守り、治療導入がスムーズにいくようサポートしています。特に自己注射指導では、本人だけでなく、家族にも指導を行ったり、自己注射開始後に受診された際には具体的な注射の様子を伺い、必要があれば再指導するなど、治療が継続できるよう支援しています。
両疾患とも、長期にわたる通院が必要です。日々の会話を大事にしながら、一緒に悩んで一緒に笑いあえるような時間を過ごしていけたらと考えています。